「お前、分かるというのか――私が――」
 すみれ色をした綺麗な毛並みの猫が、小さく鳴いて首を傾げる。
 その猫が軽い足取りでその藍色の影に駆け寄る。にゃ、と短く鳴いて。
「アルファド――お前は――」
 懐かしき昔からの友。ジールの大災害によって生き別れてしまったこの親友。すみれ色のそれは、昔と変わらぬ眼差しで彼を見詰めていて。
「おいで、アルファド」
 手を伸ばす。
 猫は一瞬その手に乗ろうとして――
「あーーーーッ!」
 瞬時に。ひとりと一匹はその叫び声の主に顔を向けた。
 青みのかかった銀髪に、深い碧の眼の少年。どこか生意気さがある――事実生意気なのだが――その幼いが整った顔立ち。
 彼こそはアルファドの本来の飼い主、ジール王国王子ジャキだった。


「――で。なんでアルファドを?」
 宮殿の一室、サラとジャキのおやすみの間にふたりは居た。
 机をはさんでじとーっ、と不信げな眼差しを藍色の影――藍色のローブを纏った予言者に向けて、王子ジャキは訊ねる。
 自らのものと同じその碧の眼を真っ直ぐに見て、予言者は肩を竦めた。「恐らく貴方の御髪と私の髪の色が同じだから勘違いしたのでしょう」
「そんな言い訳、通用するわけないじゃないか!」
 だんっ!
 机に手のひらを叩きつけて、ジャキが怒鳴る。
 彼にとって信頼できるものは姉のサラと親友の愛猫アルファドだけだった。そのアルファドが他の者に懐こうとするというのは、彼にとっては重大かつ深刻な事柄で。食いつくように強い眼差しを向けてくるその子に、予言者は思わず笑みをもらした。まあ、我ながらなんと生意気な子供だったことか――
「何、笑ってるんだよ…予言者サマ。アルファドをどうして攫おうとしたのさ」
 先ほどより幾分かは落ち着いた様子で――というよりかはなんとか落ち着かせた様子で――再度問う。
「アルファドが寄って参りましたのでね」
 しれっとして言う。事実そうなのだが、まあ恐らくそれでは納得しまい。
「だからっ――!」
「あら、ジャキ。どうかしたの?」
 きぃ、と扉の押し開けられる音。そして入ってる、豊かな銀髪に碧の眼のたおやかな女性。彼女こそジャキの姉のサラだ。
「ああああああねうえ! 姉上、あの、別になんでもないわけで」
 明らかにうろたえまくっているこの幼い王子を目にして、やはり笑いがこみ上げてくる。くっくっ、と肩を震わせて笑う藍色の男に視線を送りきょとんとしていたサラが口をひらく。
「ご機嫌いかがですか、予言者さま? ……どうなさったんですか? ジャキが何か失礼なことでも…?」
「あ、姉上っ…」
 非難がましい目で姉を見上げて、ジャキ。慈しむようにその子とサラに目をやって、予言者は穏やかに言う。
「いえ、ジャキさまは何も失礼なことなど仰っておりませんよ」
 非難がましい目を今度はこちらに向けて、ジャキが口を尖らせた。
 予言者は笑う。
 出来るのならこの姉弟がふたりでいるだけで得られるその幸せを、いつまでも護ってやれたなら。
 ラヴォスを倒せたなら、恐らくそれが出来る。それだけでいい――それで、いいのだ。

 アルファドが静かに駆け寄ってくる。
 予言者――魔王を自分の主だときちんと感じ取って。
 あの幼い生意気なジャキは、自分の過去の姿だ。大好きだった姉。いや未だにそれは変わってはいない。ひょんなことから再び戻ってきたこの時代でまだ元気で変わらずにたおやかでしとやかな姉が眩しかった。幼い自分はそれだけで嬉しくて。ただひたすらに彼女を慕っていた。
 いつかは離れざるを得なくなると、いうのに――
 幼い未熟な自分が、それでも今だけは愛しい姉とともに居られたなら。
 なあアルファド、お前はせめて幼いあの子のもとに居てやってくれな。
 すみれ色の猫をひと撫でして、予言者はローブを翻す。
 願わくばこの手で終止符を打てることを祈りながら――