「いるの、姉上」
 ちいさな少年が、猫を連れて入ってきた。
 碧のいろのその瞳はまだ幼くして翳りがあり――だがその眼が寝室の姉にとまると、尊敬と思慕が見えた。眼が嬉しそうに細められる。
「どうしたの、ジャキ?」
 豊かな蒼い髪をさらりと揺らし、彼女は振り向いて。
 姉の笑顔を見るたびにその小さな王子は安らぐ。とととっ、と、まだ小さな足で姉に走り寄る。そのうしろに愛猫アルファドを引き連れて。
「あねうえ……」
 ぴとり、と姉にしがみつく。姉のサラはゆっくりとしゃがみこんで、笑顔で幼い弟の顔を覗きこむ。「どうしたの、何かあったの?」
「なんでもないよ」
 幼心に母の変わりようは辛かったのに違いない――幼いジールの王子ジャキは姉の着衣をぎゅっと握る。
「そう」
 サラは俯いた。さらり、とその髪がゆれる。ジャキと同じいろの髪と同じいろの眼。そしてジャキが思慕と嫌悪を同居させているような気持ちで見る、彼らの母ジールと同じ、髪と瞳。
「姉上、あねうえ……」
 泣き出しそうなジャキをそっと抱き締める。何があったのかも分からないけれど。ただ自分だけを慕ってくるこの幼い弟。
「いい子ね、ジャキ……私がこうして抱いているから、大丈夫…何も怖くないのよ……」
 それは慰めにしか過ぎない。それでも。
 ジャキは小さく頷いた。それでも姉からは離れようとはしない――
「姉上、どこかへ行っちゃ嫌だよ」
 突然の弟の言葉――サラは微笑む。「大丈夫よ、どこへも行かないわ」

 ジャキは幼心に感じ取っていたのか――
 それは――魔法王国ジールの大災害が起こる、10日前のこと。