門貴族と労人  - シトラス家 -             _

ご機嫌いかがでしょうか、皆様。
私リッセはやはり毎日泣きたい状況なのですが、
本日は当代当主さまであるジークヴァルト様の許婚である
フィロメーラ様について語ってみましょう。


 今年25歳のフィロメーラ様は、
 春の女神とも思えるようなお美しくお優しい方です。
 私が年上だからと、大した身分もない私を
 ちゃんと敬って下さいます。とてもいい方です。


「ジークヴァルトさま。政務は終わられましたか」
「ああ、勿論。私が終わるのを待っていてくれたのか?」
「ええ。貴方を待つ時間、楽しくて仕方がありませんでした」
「それはどうして?」
「だって貴方と会えるでしょう」

 ジークヴァルト様もそれはそれはフィロメーラ様を大切にしていらして、
 まあそんな彼女を見ればまだまだ若かった私でもジークヴァルト様への 恋を諦めずにはいられませんでした。
正直彼に呆れたのも少しはありますが。
 傍目から見てもお似合いのお二人です。
 近々結婚なされるそうですが、とても楽しみです。あと羨ましいですね。


 そんなジークヴァルト様の最近の悩みの種は弟君のアレクシウス様、ええ、まあつまりぼっちゃまですね。

「いいか、アレク……これ以後私の大事なフィロメーラに近付くな。お前は危険だ」
「ははは、何を仰る、兄上。僕は親愛なる義姉と親交を深めようとしただけだというのに。勘繰りすぎているよ、兄上」
「手取って跪いてあなたは美しいやらあなたは女神のようだやら、親交を深めようとしているだけには見えないのだがな」
「何を。親愛なるフィロメーラ嬢は気にしておられなかっただろう?」
「お前を完全に義弟と見ているゆえに眼中にないというそれだけだ。わかっていないだけなんだ」
「だから僕が彼女に対することも義姉に対するもので、それ以上の意味など」
「わかったから近付くな私のフィロメーラに」
「やきもち焼きの兄上だ…」
「お前が危険なだけだ」

 …まあ、女の方と見れば口説くあのアホぼっちゃまがこの間大事な許婚を口説こうとしていたのを見て、それ以来弟が信用おできにならない様子であります。そのお気持ちはよくわかります。
 あのアホぼっちゃまは手に負えません。
 大体彼は昔からそうでした。


 もう十数年前から、ぼっちゃまは、カーラさまのお守りをする私の傍に傅いて、「君は美しい」ときました。
 幼い子どもがそれですよ。
 筋金入りのナンパ師だったといえるでしょう。
 それ以来彼の口癖は「あなたは美しい」と「君は美しい」です。
 美しいとか言いながら面倒な催しへの参加からうまく逃れようとするのも彼の常套手段です。
 ぼっちゃまに、誰か、本当の恋というものを教えてやって下さい。

 でもぼっちゃまは14歳の頃だったか、少しずつ教えられる以外の学問もされるようになりました。
 遺跡や古代文明に興味を持ったのも、この頃だったでしょうか。
 他には、筋肉トレーニングも趣味になっていったようでした。

「ぼっちゃまは、どうしてこのように努力なさるのですか?
 そこまで努力しなくともあなたは生きてゆけましょうに」
「僕はね、リッセ。大したとりえもないから、努力をする他ないんだ」
「ぼっちゃま…」
「それにね」
「?」
「それに女性にモテるためにはこれくらいせねば。
 
待っていてくれ世界のレディたちよ

 心底呆れましたけどね。
 ぼっちゃまの本音はやはり女性にモテることにあるらしいです。
 女性に関係ないところとしての興味分野である古代文明調査については、私も感心してますけどね。

 最近わかったんですがお嬢様も勝気で強気でなかなか誰にも服従しようとはしませんが、いい男が好きなようです。
 この間も遺跡探索チームに大したウデもない美男を寄せ集めていました。
 豪遊兄妹のせいでシトラス家の財産が削られていくのを止めるためにそのチームの結成を白紙にして冒険者に頼みもしましたが。

 あの金遣いの荒い色ボケ兄妹を誰か止めてください。
 不満も多いですが、それでも貴族に相応しいジークヴァルト様に比べて、自由気ままでわがまますぎます。

 あるとき、ジークヴァルト様のお仕事が終わるのを待っていたフィロメーラ様が私に話しかけてきて下さったことがあります。

 
「あの…リッセ様」
「あら…フィロメーラ様。どうなさいましたか? 喉がお渇きでしたら、召使のものに一言言って下されば…」
「いえ、いえ、そのようなことではありませんの。
 私…あの、失礼なこととはわかっておりましたが、本日暇に任せてずっとリッセ様たちのことを眺めておりました。
 ………その……ご苦労なさっていますのね……」
「……ぼっちゃまとお嬢様のことでしょう?」
「ええ。リッセ様、ほうぼうに走り回って怒鳴り散らしてお疲れになって座り込んで……
 ジークヴァルト様からお話は伺っておりましたが、これほどのものとは…
 さぞお疲れでしょうに。私にはとても…尊敬しますわ」
「……フィロメーラ様」
「はい、なんでしょう」
「私の苦労を労ってくれたのはフィロメーラ様が初めてです…リッセは嬉しく思います…!」
「いえ、私など…何もできなくて」
「いえ、いえ。フィロメーラ様、お幸せになってくださいませ。リッセのぶんも」
「リッセ様…」

 この方に比べて、シトラス家の方は、どこをどう間違えてしまったのでしょう。
 先代当主さまは立派なお方でしたが、早々に亡くなられました。
 先代の奥様は…まあ…ジークヴァルト様とぼっちゃまとお嬢様を足して割ったような気ままなお方です。ぼっちゃまとお嬢様を足しているわけですから常識度:非常識度=1:2ですか。
 彼女を見て育ったからああなってしまったというのも有力な説です。ご立派な先代をあまり見ることもありませんでしたし。


 …
 お守り係の私の教育がおかしかっただなんて、
 ちらと思ったこともありますがそんなことはないと思っています。
 思わないと、私、やっていられません。
 
 何と言いますか、
 フィロメーラ様のようなお方のお守りになりたかったなと思うわけです。
 
 いまさらですけどね。