04.対極を繋ぐ意思


「……どう……したい、って……」
 シュネは、戸惑うように呟いた。視線が、彷徨いながら段々下がっていく。最後に、正座した両膝の上に置かれた両手に辿りついた。そのままその両の手をもじもじといている。
 俺はそんな彼女の様子から目も離さずに、答えを待つ。
 もう、自分では答えが出せなかった。どうしていいか分からなかった。"俺がどうしたいのか"も、分からない。分かっているのは、俺はつまり彼女を利用しているんだろうと、ただそのひとつだけ。
 彼女も答えあぐねるように、口を噤んだままひらかない。
「……すこし……考えさせて、いただけますか……」
 彼女は視線を落としたまま、おろおろとそう答えた。
「……ああ。だけど、ひとつだけ言っておく」俺は再び樹に背を向けて座った。横目で彼女を見やる。「……俺は、お前の選択に従う」
 シュネは、「え?」と小さく声をもらして、呆気に取られたようにぽかんと俺の顔を見つめる。
「お前がしたいようにすればいい。俺はもう止めねえ。どんな選択をしたとしてもな」
 急に回答と選択を迫られ、彼女は不安げにもじもじし始める。俺は横目のまま、彼女を見据えていた。
「……俺は……、俺は、お前を護ろうとか、そんなおこがましいこと言える立場じゃねえ。冷静になって考えてみりゃ、俺がお前に干渉するのは確かに理由がない。お前が怒っても仕方ねえだろうよ」
「そ、そんなつもりじゃ……ごめんなさい、違うんです……」
 シュネが弾かれたように顔を上げた。眉尻が垂れ下がる程、困った表情をしている。
 そのまま言葉が続くかと思い暫く待ったが、彼女は唇を噛んで下方に視線を彷徨わせているのみだった。
「……いいや。違わねえよ」俺はかぶりを振った。「考えたんだよ。……お前の、好きにしろよ。したいように。……望む通りにするから」
「……したいようにしろって、それって、あの、どういう」
 シュネはしどろもどろだ。
 ――急に、苛立たしい気持ちになる。もやもやする。何故、そんなにうろたえるんだ。お前は、置いていけと言っていた筈だろう。死にたかった筈じゃないのか。
「――死にたきゃ死ねばいいよ。お前は、生きていたくないんだろ……俺はもう止めねえよ」俺は投げやりに返した。「……俺の傍を離れてどこかに行きたいなら、行けばいい」
「……ク、ロウ……さん……?」
 少女は俺の顔を見上げた。――ひどく、泣きそうな顔をしている。
 何なのだ。今更、突き放したからといって泣くことはないだろうに。
 そうだ。俺は独り善がりに彼女を引き止め、自分勝手に彼女を手放そうとしている。それだけの話。彼女と俺が出会ったのは昨日の朝。丸一日も経っていない。――まだ、そんなものだ。俺が彼女に干渉しようとしたのはきっと、彼女への愛情ゆえではないのだろう。己の弱さがゆえに彼女を引き止めた。まるで弱さを認めるようなこの関係は惨めでしかなかった。周りのすべてへの憎しみに、自己嫌悪までプラスして生きていくのなどまっぴら御免だ。こんな優しすぎる少女を利用してまで。
 そう思いながらも、胸の中の靄が晴れない。――経験したことの無い曖昧な感情が、気持ち悪かった。
 やりきれないもやもやを晴らすように、俺は吐き捨てた。
「言っただろ。俺がお前を護る意味なんて特にないんだよ」俺は自嘲気味に笑う。「……そうだよ、ないんだ。お前だって俺に関わりあわないほうが良いだろう」
「……どうして、クロウさん、……そんな、こと」
 黙って聴いていた少女が、泣きそうな顔をする。
「どうして、だと?」
 ああ――何故、俺は不快になっているんだ?
 先程と言っていることがまるで変わっているシュネにも、彼女に対してまでそんな醜い感情を抱く自分にも、頭の隅で苛立ちを隠せない。明らかだろう、悪いのは俺なのだ。彼女は悪くない。それを分かっているのに、むしゃくしゃする気持ちが止められない。
「――さっきお前は"どうして"って言いながら全く別のこと言ってたよな? どうして自分を放っておいてくれないのか、って言ってたよな? それがどうした。突き放した途端その"どうして"の意味が変わっちまうのはどういうことだ? なあ」
 俺は投げやりに凄んだ。苛々する。少女がその無垢な眼で俺を見つめるのさえも気に入らない。
 どうしたってんだ、俺は――
 卑怯なのは分かっていた。自分が迷ったからといって今更選択を少女に委ねて、そして逆切れする。どうしようもない人間だ。
 自制がきかずに唇を噛んだ俺に、少女は目の端に涙をたたえたまま、頭をふるふると振った。
「……生きろよ、って……」シュネは手の甲で涙を拭う。「言って、くれたじゃないですか……自分を見限るのは早すぎるって……」
 俺は凍り付いた。――まさか。
「聞いて……たのか?」俺は少女を睨む。「……どこから」
「お前なら大丈夫だろ、って、言って下さったあたりから」彼女は目を伏せた。「――ごめんなさい」
「……黙って聞いてるなんて、いい趣味じゃねえな」
 俺は溜息混じりに毒づいた。少女はますます小さく縮こまってしまう。
「…………ごめんなさい。起き、ちゃって」両膝の上に置かれた手を、きゅっと握る。「……でも、そんな言葉をかけてくれた後に……死にたければ死ねばいい、だなんて……わたし……」
「俺の勝手だろ。……行けよ。俺と居たってしょうがねえだろ」
 少女は首をふるふる振った。
「……しょうがなくなんて……ない……です……クロウさんは……クロウさんは……」
「何なんだよ……お前は、さっきから……」
 なおも彼女は、かぶりを振る。
「わたしに……もう、他に、頼れる方はいないの、に……」
「……何なんだよ。さっきから言ってることが滅茶苦茶じゃねえか。結局お前はどうしたいんだよ。連れてこうとすれば置いてけって言うし、好きにしろって言うと傷ついてみせるんだな。……わかんねえよ」俺は片手で頭を掻き毟る。「――お前がどうしたいのかさっぱりわかんねえんだよ!」
「――そんなのわたしだってわからなかったものッ!」
 激しくかぶりを振って、少女が叫んだ。涙混じりの声。悲痛に絞りだした声。――俺は面食らった。
「……は、どういう――ことだよ。さっぱり、意味が……わかんねえよ」
 俺は少女の怒鳴り声に、一気に毒気を抜かれてしまった。逆に、うろたえてしまう。
 体ごと少女に向き直ると、少女は唇を噛んだまま涙を堪えていた。怒っているのか、悲しいのか、判断のつかない表情だ。ただ、耐えている。
 少女は、少し顔を伏せて、そのまま強い語調で続けた。
「……わたし……っ、もう、生きてても意味がないって、思ったのに……、なのに、クロウさんがわたしを助けるから!」
「俺が悪いのかよ!?」
 俺は思わず彼女を睨みつける。少女は首を振った。横に。
「――クロウさんが、わたしを、わたしを助けるから……、優しくしてくれるから……護る、なんて、言ってくださるから……っ」少女の声が、次第に力を失っていく。「ひとりで生きるのが怖かったのに……、死にたいって、思ってたのに、……怖く……なっちゃった、じゃ、ないです……か……っ、死ぬの……っ」
 涙声だ。彼女は両手で顔を覆った。俺はそんな彼女の様子を見、狼狽した。
「な……お前、ついさっきまで、俺を突き放そうとしてたじゃねえか……意味が、わかんねえよ……」
「……クロウさんに……迷惑、かけたくなかったんです……、それと、迷惑をかけてる自分が、いやだ、った」
 彼女は顔を上げないまま、答える。
「もうクロウさんしか頼れないのに、クロウさんに迷惑かけてて、そんな自分が、情けなくて、どうしようもなくって、それで……だったら、独りきりでいたほうがいい、なんて、思って、だから」
「……お前なら、大丈夫だって。さっき、聞こえてたんだろ。俺なんて、そのうち切り捨てりゃいいんだよ……」
 俺は狼狽したまま、そう答えた。迷惑をかけるから離れる、だなんて――どう育ったら言えるんだ、その台詞は。
 しかし彼女は、俺の言葉にまたもかぶりを振る。
「……きっと拒絶されるから。……怖いんです」
 ――それは、俺が他人を信用しない理由とまるで同じじゃないか。
「……生きろって、あなたが言ってくれたのに……"あなたが"、わたしを拒絶するんですか……? 今更……そんなの……ずるいです。ひどいです……」
「……シュネ」
 俺はなんと答えていいか分からなかった。俺だって兄貴に、俺を大事にしてくれた唯一の存在に突き放されたら――
「誰か優しい人間を探せって……、全部ぶちまけちまえ、って……そんなの、誰に出来るっていうんですか! クロウさん以外に!」
 彼女は俺の顔を見上げた。ゆれる瞳で、俺の眼を見つめる。
「……ッ、……俺なんて、ただの自分勝手な野郎なんだよ、代わりなんていくらでもいるんだ……俺じゃなくたって、いいだろ」
「……クロウさんじゃ、なきゃ…………」
 彼女は頭を振って、両の手に顔を埋めた。
「それに……、あなたは……どうするんですか? 孤独なのは……あなたも同じ、じゃないですか……っ」
 急にそう言われて、ぎくりとする。――だから何だというのだ。俺は、もとの生活に戻るまでじゃないか。他人のものを奪い、畜生を食い散らかす狡賢いカラスに。例えどの街へ行ったとしても。俺は、そうやって生きる他ない人間なのだ。
 俺は、何も言わずに唇を噛んだ。彼女は駄々をこねるように首を振り、顔を上げる。涙に濡れた紅い眼が、俺を見据えた。
「無視しないでください……わたしを拒絶しないでください……! わたし、本当に、嬉しかったんです! 話を聞いてくれて、優しくしてくれて、それで、護ろうとしてくださって。でも、だからこそ、そんなに優しくしてくれた唯一の人を、わたしの都合で振り回して迷惑かけて、厄介ごとに巻き込むのがいやだった。そんな自分を、情けないと思ったから、……けど、あなたは」彼女はぼろきれのような俺の服を掴んだ。「あなたは、あなたはわたしといれば――孤独じゃなくなるって、言って下さったじゃないですか!」
「うるせえ!」俺は彼女の手を払う。「……うるさいうるさいうるさい……ッ!」
「独り善がりでもいいのに! 独り善がりでも自己満足でもなんでもいいのにッ!」
 なおも彼女は俺の服を掴む。――頭がぐらぐらする。よく分からない。俺はどうしたいんだ。彼女は、一体、どういうつもりでいるんだ?
「紅い眼なんて気にしなくていいって……自分を、自分を見限るなって……わたしなら、大丈夫だって……、……護る、って……」俯きもせず、涙をはらはらと落としながら、それでも彼女は俺の眼に訴えかける。「……嬉しかったのに。……生きたいって、思えたのに――」
 俺は目を見開く。――生きたい、と、彼女は言ったのか?
「……んな、わけ……俺の言葉に何があったっていうんだ、俺の、俺の言葉なんて」
「――クロウさんこそ……自分を、見限りすぎてます。わたしを孤独から救えはしないって、そんなの違います……」
 彼女はそう言って、おずおずと俺の手を掴む。彼女の手から伝わる小刻みな震え。ぬくもりと鼓動。
 俺はまともにうろたえた。何を、言い出す――?
「わたし……クロウさんに会って、それから、一緒にいて……孤独なんかじゃ、なかったんですよ」
 シュネは、恐る恐る俺の手をきゅっと包み込んだ。両の手でやっと俺の掌が包み込める程のちいさな手。やさしい白い手のひら。
「わたし、受け入れてもらえて……とても嬉しかった。……ほんとうです。本当です……」
 ぽたり、と雫が落ちる。狼狽して何も言えなかった俺は、恐る恐る少女の顔を見やった。泣いて、いる。
「何……言ってんだよ」俺はやっとのことで口を開いた。「俺は、……俺はお前が不幸な境遇だから、自分と重ね合わせて、勝手に……」
 少女はふるふる、と首を振った。ただ必死に。
「わかってんのかよ、こんなのただの傷の舐め合いだぜ!? ……お前に必要とされるほど、俺は……」
「傷の舐め合いでいいんです! ……だって、きっとわたしたちにはそれが必要なんです……わたしたちは、傷だらけじゃないですか」
 俺は、彼女の手を払えなかった。彼女は俺の掌を包んだ両手にきゅっと力を入れる。
 月明りに照らされた頬が、鼻が、朱に染まっている。しゃくり上げた少女の手が、するりと俺の手から外れた。自らの膝の上できゅっと両手を組んで、彼女は続ける。
「わたし……生きていると、誰かに、クロウさんに迷惑をかけてしまうから生きていたくないわけじゃないんです。理由は簡単だったんです。これからずっと、ずっとずっと、わたしは誰かに疎まれて生きていくのが怖かった。わたしを受け入れてくれる人は誰もいなくなってしまったと思ったから。だから――だから、永遠に続く孤独の中で生き続けなくちゃいけないくらいなら、死んだほうがましだって……」
 おずおずと、戸惑うように俺の服を掴む。微かに引っ張られるボロ生地。汚い服。――彼女の白い手も、汚れてしまっていた。その手はただひたすらに俺の服を掴む。
「でも、でも……クロウさんは、わたしを疎みも憎みもしなかった。わたしを護ろうとしてくださった。
 それが、どれだけ嬉しかったかわかりますか――?」
 ――俺は、言葉が出てこない。何を言うべきか全く分からず、ただ唇を噛んでいた。
 俺はどうすればいいのだろうか。彼女が俺と居てくれるというのなら願ったり叶ったりではないか。だが、俺は――完全な利己心で彼女と付き合うのには気が引けた。彼女は傷の舐め合いも必要なのだとそう言ったが、俺は彼女を利用するのは嫌だった。彼女を利用する俺が、嫌だった。だから――彼女を、突き放したのに。
 お互いの孤独を慰めあえる関係に沈むのか? それともその生ぬるい関係を厭い彼女を突き放すのか。――俺には何を重視すべきなのかわからなかった。考えが纏まらない。纏めようとするそのそばから綻びて崩れてしまう。
「……でも。シュネ」俺は狼狽しながらも、やっとのことで口を開いた。「俺はお前を……、お前を、利用してるだけかもしれないんだぜ……?」
 少女は、首をふるふる振った。
「わたしこそ」少女の声はなおも震えている。「……わたしこそ、あなたの存在を自分のために利用しているだけかもしれません……でも、でも……」
 シュネは、顔を上げた。零れ落ちそうな涙が、目の端に浮かぶ。かろうじて形を保っているその雫が、月の光を受けてひかる。
「……人は、ひとりぼっちじゃ、生きていけない、です……そうでしょう?」
「……、……俺は……ずっと孤独に生きてきた。ずっと独りだった。独りでだって、生きていける」
 俺は目を逸らして言った。捻くれた言葉だというのは自分でも分かっている。此処まできても認めたくはなかった、自分が孤独だと言うことを。――彼女を失いたくないのだ、ということを。
「クロウさんは、ずっと誰かを憎み続けていたから……だから、強くいられた。そう、でしょう? ……クロウさんは、こんなに優しいのに……そうじゃなきゃ、あの街の人の中で、生きていけない……」
「――優しく、なんて」
 否定してかかろうとする俺の言葉に、少女はまた首を横に振った。
「クロウさんが優しくしてくれたから、わたしは……。
 ……一度、誰かを必要としてしまったら、孤独には戻れない。孤独は苦しい。かなしい……わたしも、あなたも、知っているはずです。大切な人が、居たから。心を閉ざさなければ生きていけなくなるほど、孤独は……怖いです」
 俺は言葉が出てこなかった。少女の懸命な声を、ただ聞く他なく。
「わたしは……自分が孤独なのも、あなたがこれから孤独に生きていくのも、考えたくありません。――わたしはあなたを、必要としてしまったから」
 彼女は俯いたまま、震える声で、そう言う。震える鈴の音のようなか細い、やさしい声。
 ――分かって、しまった。彼女の、言うとおりなのだ。俺は――
「……ああ……」俺は少女の頭に手を伸ばした。僅かに強張る少女。「考えられねえよな。だから、俺はお前を……」
 俺は、俺たちはお互いにお互いしか受け入れてもらえる存在がないのだろう、ということに思い当たってしまった。
 お互いを必要としてしまったなら、ここで関係を断ち切ったとしても、相手の存在は消えない。いつまでも、いつまでも。――むしろ相手の孤独すら辛く思い、孤独は深まる。それが恐らく、関係を持っているということ。その関係は断ち切れはしない。
 俺は一度孤独ゆえに彼女を自分の手元に置こうとした。それを受け入れられてしまえば――俺にはもう、為す術がないではないか。
「――ごめん。……ごめんな」俺は彼女の頭を撫でたまま、俯いた。「また俺は、自分が苦しみたくないって理由で、さんざお前を引き回した挙句に突き放しちまった。お前は俺を受け入れてくれるっつったのに。全く情けねえよな、俺――」
 少女が、首を横に振った。顔を上げなくても掌から伝わる。懸命に、ただ懸命に俺のその言葉を否定しようとし続ける。
 誰のことも憎めない少女。誰よりも優しい少女。全てを憎もうとした俺を、優しいと言った少女。
 ――俺は、顔を上げた。
「……こんな俺でも、お前のこと、護れるか……?」
「だって、あなたしか」彼女は月明かりの下、涙に濡れた目で、それでも柔らかく微笑んだ。「――あなたしか、わたしを護って下さる方なんていらっしゃらない。そうでしょう……?」
「――そっか。そうなんだよな」
 シュネが、ぎこちなく笑う俺に、すこし小首を傾げてみせた。照れたような、困ったような、優しい笑顔。
「……わたし、ただ、そうしたいだけなんです。もう、理由なんてどうでもよかった」
 俺は頭を捻って「どういうことだ?」と聞き返す。
「生きたいって思えたのは、クロウさんが優しくしてくれたから。クロウさんがいてくれたから、わたし、死ぬのが怖くなってしまったから」
 彼女は軽く握った拳を口元にあてて、笑う。
「わたしたち、そばにいられたらって。そしたら、もうひとりぼっちじゃないから。それで、いいと思うんです。――駄目ですか?」
「それも、どうかと思うがね――お互いを随分利用してる、よな」
「いいでしょう? それでも」彼女は笑う。「わたしたち、お互いに、それが嫌じゃないから」
「そっか」
 俺は無性に、泣けてきた。どうしてだろう。わからない――俺はそれを堪えて、ぎこちなく、笑った。
「やっぱりお前は変な奴だな、シュネ」
 俺は彼女の頭を撫でた。彼女はすこし照れたように、俯いたまま笑う。
「……クロウさんに会えて……よかった」
 顔を上げた彼女は、にこりと笑う。涙の跡と、照れたように赤らむ頬。月明かりに照らされたその顔は、何か憑き物が落ちたかのようにさっぱりとして見えた。
 俺はつられて、また笑う。
「受け入れてくれて、その――ありがとな。……シュネ」
 ――それは、俺が初めて他人に使う言葉だった。



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