+ 王子と紅茶 +

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 喧嘩するほど仲がいいなんて、あたしは絶対に信じない。

 あたし、メイア=アルジェントは、毎日毎日仲間のあの人と喧嘩をしているわけだけれども、これが仲がいいだなんて考えると虫唾が走る。当事者としては、そういう関係なのだ。
 
 本当に、まいにち、まいにち、彼は――!



 そう、それは今日の昼下がり。

       †

「はい、紅茶」
 いきなりクルクスくんがそんなこと言いながら小さなマグカップを差し出すものだから、あたしはびっくりしてしまった。
 彼はいつもの仏頂面。大して機嫌がよさそうでもない。というかいつもあまり感情の起伏を感じないけど。
「……どういう風の吹き回し?」あたしは訝しげに、探るようにクルクスくんの顔をまじまじと見た。「あたしにお茶淹れてくれるなんて」
 あたしの視線に、彼は肩を竦めて嘆息した。
「人が折角お茶淹れてやったのに返すことばはそれ? 性格ヒネてるよ、君」
…クルクスくんの性格がヒネてるから親切な行動に裏がありそうに見えるんだと思うな、あたし」
 とりあえずお茶を受け取りつつ、あたしは言ってやった。しかし彼にはこたえた様子もない。
「この間君の淹れたお茶を飲んでさ」
 何事もなかったかのように話しながら、クルクスくんは棚に身をもたせかけながら自分のぶんのティーカップを傾ける。どうして自分だけあんな綺麗なカップなんだと訊きたい気もするけど、どうせ何か言われるので黙っておく。
「あたしのお茶が、どうしたの?」
 そういえば確かにこの間みんなにお茶を淹れた。結構おいしかったと思うんだけど。あたしは紅茶を飲むのが好きで、よく淹れる。
「どうかと思ったね、正直。人に出す茶じゃない」
 淡々と言って、もう一口カップを傾ける。ってちょっと待て。
「な…何それ何それ何それ人の折角入れたお茶飲んでの感想がそれなの!? っていうか皆おいしいっていってくれたよ!?」
「僕の舌は肥えてるんだよ」さらりと言う。「あの程度のお茶で満足するとでも?」
 この王宮育ちの生意気王子ッ!
 ――殴ってやろうかと思ったけど、お茶を持ってるのでそういうわけにもいかない。あたしは小さく唸った。
「ま、それはいいよ。とにかくそのお茶飲んでみたら?」
「…じ…自分の言いたいことばっかり言って…」
 言いつつも、あたしは一口そのお茶を啜る。…あれ?
「…………なに、これ、クルクスくんが淹れたの?」
「当たり前だろ」
「うわぁ」
 彼があたしにああだこうだ言うのもよくわかる。クルクスくんの淹れたお茶はとってもおいしかった。おいしいけど悔しい。悔しいけどおいしい。
「目が覚めたような思いだろ、君」
「…なんか…褒める気失せるよ?」
「別に君に褒めてもらおうだなんて思っちゃいないけどね」
 彼はいつも淡々と言う。今だって淡々と言う。悔しい。
 あたしは内心舌打ちしながら口をひらく。
「…悔しいけどおいしい、これ。どんな葉っぱつかってるの?」
「ああ、君の棚から拝借した葉っぱだけど」
Σ 勝 手 に 使 わ な い で よ
「心の狭い女だね」
「ちょっ、それおかしいよ使うなら使うって言ってよ! ……って、それはともかく、ほんとに同じやつなの? こないだお茶淹れるときに使ったやつと?」
 クルクスくんはにやっとして頷いた。
 ――でも、淹れ方次第でこんなに違うなんて。あたしのお兄ちゃんも結構お茶淹れるの上手いけど、それ以上だ。クルクスくんにこんな特技があったなんて。
「…どこで習ったの? この淹れ方」
「たしなみだよ、た、し、な、み。君も女ならもうちょっと美味いお茶淹れるんだね」
「男女差別はんたーい」
「僕は男性は男性らしく、女性は女性らしいほうがいいと思うね」
「女装してる男の子に言われたくないでーす」
 彼はあたしの反論にただ深い溜息だけを返した。そして何事もなかったかのように顔を上げた。仕切りなおしの意味だったのかもしれない。でも口げんかのときの溜息って結構頭にくる。きっとわかってやってるんだろうけど。
「まあ話を戻して。僕は君の茶の淹れ方のマズさを指摘する為だけにお茶を淹れたんだよ。感謝するんだね」
「殴るよ」
 いけしゃあしゃあと言うクルクスくんに、あたしは低音で返す。でもあんまり低くなかった。
「ほんっとクルクスくんってデリカシーないよね、普通そんなこと言わないよ!」
「君に気を遣って言葉を選ぶなんてそんなめんどくさいことしたくないね」
「……………」
 即座に返ってきた言葉に、あたしは返す言葉がない。
 悔しいけど彼のお茶はおいしいのでぶつぶつ言いながらお茶を啜った。やっぱりおいしい。おいしいぶんだけ悔しくて複雑。
 そして暫くお茶を啜る音だけが響いた。やがてあたしは、マグカップをおいて口を開く。
「……で、その力の差を思い知らせて。あたしにどうしろっていうの」
 頬を膨らませながら言うあたしに、彼はにやっと笑ってみせた。「別に?」
「別に?」  にやりと笑うクルクスくんは美人さんだけどむかむかする  byメイア
「………答えになってない」
「別に何をしろってわけじゃないよ。ただ僕は暇だったんでね」
「それも答えになってない」
「つまり君をからかって遊ぼうかと思っただけだよ」
「ばか王子!」
 回し蹴りを彼にお見舞いしてさしあげた。でも軽く退いてかわされた。悔しいったらない。
「しょうがないだろ、イリスはレナートさんのにわとり取り上げたり忙しそうだったし、君の兄さんとアナスタシアさんはいないし。君しかからかう相手いないじゃないか」
「暇つぶしに人をからかおうと思うその根性が気に入らないの! クルクスくんのバカ! ばかばかばか! 大体そんなつまんないことのためにお茶淹れたの!? 時間かけて!?」
「獅子は兎を倒すのにも全力を尽くすと言うね」
「そんなムダなところに力割かないでよ!」
 ぜえはあぜえはあぜえはあ。
 あたしは肩で息をする。
「………なに、自分だけそんな高価そうなカップであたしのが小さなマグカップなのも何かの嫌がらせ? あたしの気分悪くさせるためのいじわる?」
「君ってほんとにヒネてるね」
「…誰が」
 彼は肩を竦めて言った。正直あたしは心底まっすぐなつもりだ。ヒネて曲がりきって元に戻れないのはクルクスくんだ。
「ちょっとしたサービスだよ」
「サービス?」
 意外な言葉に、あたしは首を傾げた。
「そのマグカップ、よく見てご覧」
「…?」
 あたしは置いたマグカップをまた手に持って、ぐるりとカップをまわして見た。にわとりが一匹描いてある。
「………にわとり…………ちょっと待って、え、これ……!!」
「そういえば君の想い人はちょっと前ににわとりの描いてある子供用マグカップに心惹かれて買っていたような気もするね?」
 平然とした顔のまま、未だお茶を啜るクルクスくん。
 あたしは顔が熱くなってくるのを感じた。
 つまりアレだ。ソレだ。どれなんだあたし。
 このカップはつまり、レ、レナ、レナートさんの………
 頭のなかがぐるぐるしているあたしに、クルクスくんは止めをさしてきた。
「よかったじゃないか。……間接なんとやら、じゃない?」
 クルクスくんは、にやりと笑う。
「ク、クルクスくん、の…………ッ」
 あたしはレナートさんのカップを置いて、立ち上がる。
 今度は逃さない。
「クルクスくんの、馬鹿ぁああぁあああッ!」




 あたしの拳は、今度こそ彼のみぞおちをとらえた。
 彼は悲鳴も上げずに倒れて。

 ――なんか意識失っちゃったけど気にしない。
 あたしはしばし勝利の余韻に浸った――
 
       †

「…君の妹、乱暴なんだよ…」
 意識を取り戻した僕は、彼女の兄に呻いた。何だか日に日に彼女の腕が上がっているのは気のせいだろうか。
「悪ィ。……昔いじめっこにいじめられてたあいつに仕返しの方法として体術教えたの実は俺なんだ…」
「………見事にモノにしてるようだね」
「最近ちょっぴりメイアがコワイ俺……」
 少し目頭をおさえつつ、彼は切なげな微笑を浮かべた。

       †

 一方、女部屋で。

「めーちゃん、してやったり! っていう顔ですね」
 仲間で親友のイリスちゃんがにやっと笑う。
「だってああいう人にはこれくらいやらなきゃだめでしょ?」
「めーちゃん、王子を殴りたいだけなんじゃないですか?」
「うーん、そうかも」
 あたしもにやっと笑って返した。
「乙女心をもてあそぶ人には容赦しないんだから」
 だってあたしとあの人は、犬猿の仲なんだもの。


 そんな晴れた日の昼下がり。
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王子とメイアの日常。(笑)
日記に載せたものの再録です。でもちょっと加筆。