雪が降っていた。
 しんしんと降り積もる雪の中を、歩いていた。
「寒くないか、メイア」
 ふたり並んで、街を歩いていた。
 お互い手には大きな紙袋。今日の買出し当番の役目を終えて、帰途についた頃だった。
 隣で小さな手を真っ赤にして、息を吹きかける銀髪の少女に声をかける。
 メイアと呼ばれたその少女は、少し照れたように笑う。
「あたしは大丈夫です、けど、レナートさんは寒くないですか?」
 彼女に声をかけた金髪の青年――レナートも、同じように笑ってみせる。「俺は大丈夫だよ」
 ふたりで積もった雪の上を歩いていた。
 ひとの足で作り出された雪道を、踏みしめて歩いていた。
「ん、まあ……大丈夫だけど、寒いもんは寒いな」
「そうですねー。手がかじかんで動かなくって……」
 メイアは手を握ったり開いたりしてみる。どこか動きはぎこちない。
「そうそう、こんな時に戦闘しろーとか言われても無理だよな……って、俺は基本的に魔法だけだからいいか」
 レナートも同じように手を握ったり開いたりする。やはり動きはぎこちなくて、見ていたメイアは思わず小さく笑う。そして彼もくすっと笑う。
 メイアは好きだ。こういう何気ない時間が、好きだ。このひとといられる何気ない時間が、とても好きだ。
 ささやかな幸せを感じながら、メイアは口をひらく。
「こう寒くて、魔法使うのに精神集中できますか? 寒い寒いって思って、なかなか難しいんじゃないかって」
「そうかな? 寒くなるとさ、何かこう……精神が研ぎ澄まされるというかな。どっちかと言うとやりやすいのかもしれない」
 彼は印を切る真似をしてみる。魔法を使う時に切る印だ。
 自分のそれより大きな手が空を切るのを見ながら、メイアは次の疑問をぶつけてみる。
「それなら、暑い時はどうなるんですか?」
「雑念だらけでやってられないさ」彼はくすくすと笑う。「暑い、汗が気持ち悪い、早く水飲みたい、帰りたい。って、な」
「あはは、わかりますわかりますっ……でも、アナスタシアさんなんかはいつも集中してますよね。すごいなあって」
「ああ、姉さんなー。どうしてあそこまで集中出来るんだろうな?」
 彼には双子の姉がいる。彼と同じように端正な顔立ちをした、綺麗なひとだ。
 彼は不思議そうにそう言うと、暫くしてにやりと笑ってみせる。
「でもさ、もしかするとシュリの奴は雑念あったほうがいいかもしれないよな」
「え、何でですか?」
 シュリはメイアの一つ年上の兄で、メイアを溺愛している。そしてそのあまり、メイアがレナートに近づくことをよくは思っていず、レナートを敵対視している感がある。だが彼の姉にはぞっこんだ。
「あいつ力任せだろ。うわー暑いッとか思って斬りかかるほうが力入るんじゃないか」
「兄さん怒りますよー」くすくすと笑って、メイア。「兄さんも兄さんなりに考えてるんじゃないかななんて思いますし」
 少女の笑顔を見て、また自然に表情を緩ませて、レナートは応える。
「考えてるのかなあ」そして肩を竦めて。「ま、あいつの猪突猛進さ、嫌いじゃないけどな」
「迷惑なときもあるけど、あたしも嫌いじゃないです」
 メイアはくすっと笑う。
「……メイアはいい子だよな。あいつの妹だなんて思えない」
「……、あああ、あ、有難う御座います……っ」
 他意はなく、ただにこりと微笑んだ彼の笑顔に一瞬言葉を失って、そして顔を真っ赤にして慌てて言う。
 どこを見たらいいかよくわからなくなって、下を向いた。なんであのひとあんなに笑顔が素敵なのっ……!
「どうしたんだ、メイア? 転ぶぞ、そんな下向いてた……」
「きゃあっ」……間髪入れずにすべべとすっ転び雪の中にのめりこむ。「つつつつめたっ」
「って言ってる側からっ! 大丈夫かよメイアっ」
 レナートがメイアの持っていた紙袋を回収した後、つんのめっている彼女に手を差し出して。
「い、いたたた……ご、ごめんなさ……」
 目の前に差し出されている大きな手と彼の顔を交互に見やり、彼女は暫く顔を赤らめたまま逡巡した。
 嬉しいけどこの手をとるのも恥ずかしいし恥ずかしいし恥ずかしいしっ!
 雪道にぺたんと座り込んだまま、彼女は暫くそうやっていた。
「……た、立たないのか?」レナートはきょとんとして問う。「そこ、邪魔になるぜ」
「ぇ、へ……っ!? きゃ、きゃああごめんなさいごめんなさいっ」
 必死でメイアは彼の手にしがみつく。
「あ、ご、ごめんなさ……」
 何故か申し訳なくなって謝るいとまもなく、そのままぐいっと立ち上がらせられて。
「ほら、大丈夫か? 濡れてないか?」
「あ、だ、だ、だいじょ……っ、大丈夫ですあたしあのその……っ」
 真っ赤な顔をして。もう何を言っているかもよくわからなくなりながら、それでも何か必死に言葉をひねり出そうとして。
 そんなことをしている間に、目の前の彼は自分の着ていた上着を脱ぎだしているが、それにも気づかない。
「ほら、これ着とけ。風邪引いたらたまったもんじゃないだろ?」
 微笑みながら、上着を彼女にかけてやる。その動作がごく自然すぎて、慣れていないメイアはただ慌てるしかなく。
「あ、あ……あのっ、有難うございま……すっ……」
 顔が真っ赤だ。
「さて、行こうか。親父さんが飯作れなくなるからな」
「あ、は、はいっ」
 歩き出す彼に続いて、彼女も歩き出す。顔は真っ赤で、それでも幸せそうで。
 
 雪が降る。
 しんしんと降り続ける。
 ともに歩いた雪道は、もう解け去ってしまったけれど。
 今このひとと歩く道があたしの歩く道だ。そう思っていて。
 歩いていけるだけでいい。それ以上は望まないから。
 それだけでいい。


  †

「っくしゅ……っ」
「……レナート、風邪大丈夫かー?」
 宿の一室にて。
 メイアの兄シュリが、風邪引きレナートの看病に当たっていた。
「……あ、頭痛ぇ……」
「ばっかじゃねえの、上着着ないで外に出るからだろ」
「る、せえ……」
「黙って寝てろよ。治るもんも治らねえだろ。って、もう濡れタオル乾いちまった……よいせ、っと」



 レナートさんは風邪をひいてしまいました。



「アアアアアアナスタシアさんっ、イリスちゃんっ、どうしよう……っっ」
「そうですねえ」
「めーちゃんの愛のキッスで治すんですよ!」
 旅の仲間のアナスタシアさんとイリスちゃんに訊きましたが、ハッキリ言ってイリスちゃん楽しんでます。
「イ、イリスちゃああーんそんなの出来るわけないし無意味だしもういやああぁあっ!」
「案外いけるかもしれませんよ」
 アナスタシアさんはにこにこ顔。
「どうですかめーちゃん、ここはひとつこの作戦で! いいですよね、王子!」
 何故か女部屋に紛れ込んで本なぞ読んでる女装王子クルクス君は、「知らない」とか突き放してきました。
「…………あ、あたし………身投げするっ」
「ってめーちゃん何する気なんですかーっ!」
「メイア、そんなレナートの風邪なんて寝てればすぐ治りますからそこまで……」
「無駄死にだよね」
「もういやぁぁああああたしどうしようううぅっ!!」


 今日も宿はにぎやかです。