夕暮れの街道を、三つの影が行く。
「訊きたい事がある、っつってたな」
 両腕を頭の後ろで組みながら、前方を行く山吹色の男――傭兵ジークムントは、肩越しにライヒアルトの方を振り返った。
 結局、自警団が駆けつけたのは事がすべて終わった後だった。燃え上がる炎にざわめく自警団の兵士たちはひとしきり騒いだ後に鎮火し、周辺の聞き込み調査を始めたのだった。
 勿論ライヒアルトらも事情を訊かれたが、悲鳴を聞きつけ駆けつけた後、彼が住人から注意を引き付ける為に戦っていたという証言は多く寄せられていたようで、褒められるに留まった。しかし、街の往来で火を使うなどなんということだ、と憤慨する兵士に、火をつけた張本人のジークムントは素知らぬ顔でそっぽを向いていた。豪胆な男だと、内心舌を巻いたものだ。
「あの、さっきの戦いについてなんですけど。どうして――」
 質問しようとするライヒアルトを軽く制し、ジークムントは振り向かぬまま人差し指を立て、ちっちっち、と振ってみせる。
「おいおい、誰が答えるっつった? お前は誰にモノを言ってるんだ。傭兵にモノを尋ねる時は言葉より先に出すモノがあるだろうが」
 え、と首を傾げるライヒアルトに、ジークムントは肩越しに振り向き、人差し指と親指で円の形を示す。そしてにやりと笑って、顎をしゃくってみせた。
「――カネだよ、カネ。持ち合わせはあるんだろうな?」
「え、えぇええぇっ!? え、リ、リカ、あったっけ」
「お、お金なんて、穴倉にもそんなに無かったから……っ」
二人は鞄を漁り始めた。財布は、比較的、軽い。
「――おい、馬鹿、冗談だ。間に受けんな。馬鹿。――なんだよ、言ってみな。少年」
 くつくつと笑い、ジークムントは再び頭の後ろで両腕を組んで歩き出す。二度も馬鹿と言われてしまったが、とりあえず無料で話を聞いてくれるらしい。見れば、隣でリカルダがぽかんと口をあけている。街に出てくることもなかった彼女にしてみれば、こんな風に口の悪い人間は初めてなのだろう。しかし、気にする程の事でも無いのは事実だ。ライヒアルトは僅かな戸惑いを振り捨てるように首を振り、意を決したように口をひらいた。
「俺じゃ、さっきの精霊には掠りもしなかったんです。というか、あの……霞を斬るような感じで」
「まあ、そうだろうな」
 ジークムントはこともなげに答え、肩を竦めてみせた。
「あいつらは精霊だ。物理的干渉は受け付けねえよ」男は軽くかぶりを振った。「ったく、あいつらを相手にするのはめんどくせえんだ。大して強くもねえ割に、竜だのエルフだのの手先みたいに振舞いやがってよ。虫唾が走るぜ。その割に、攻撃は効きにくいしよ」
「でも、さっきジークムントさんは」
「ああ、ジークでいい」言い募るライヒアルトに、ジークムントは手をひらひらと振って面倒臭そうに言う。「俺のフラウロスは特別製なんだ。お前の持ってるそこらのなまくら剣とは訳が違う」
 青年は己の剣とジークムントが背負った剣とに交互に視線を巡らした。確かに彼の剣は巨大だ。剣が持つ切れ味以上に、破壊力も凄絶な物があるだろう。しかし、剣は剣である。
「……魔力剣?」リカルダが、ぽつりと呟いた。「さっき、ジークさんは呪文を唱えていたわ。アルトくん」
 ライヒアルトほど物語を読む方ではなかったリカルダだが、魔法について養母から学び、様々な本にも目を通していた勤勉な娘である。ライヒアルトの知らない知識も数多く知っているのだろう。彼女はジークムントの剣の鍔をおずおずと指差し、続ける。
「この鍔のところ、装飾を嵌め込むようになっているんだわ。これがアミュレットなんじゃないかな」
 アミュレット、と繰り返すライヒアルト。何の事だかよく分からない。困ったように視線を男にやると、彼は頭を掻いて頷く。
「護符のこった。その通り、このフラウロスは魔力剣だ。刀身の素材自体が魔力を帯びてるせいで、まあ本当なら何もしなくても精霊くらいは捌けるんだ。が。ここからが特別でな」彼は誇らしげにその大振りの剣の柄に手を触れてみせた。「鍔に護符を装着する事で、さっきみてえな炎だとか、雷撃だとか、そういった魔術の力を込める事も出来る優れモンよ」
 ジークムントは自身の腰元から、じゃらりと金属製の護符を取り出して掲げた。細身の銀鎖に、複数の護符が連なっている。
「ま、こいつを戦いの最中に頻繁に変える訳にもいかねえのが問題だがよ。ま、俺はいっつもこの煉炎符≠付けてるがな。何かを焼くにも便利なのよ、こいつぁ」
「そんな凄いもの、何処で?」
 食い付くライヒアルト。ジークムントは暫し黙り込み、物珍しそうな表情でこちらの顔を眺め、僅かに眉根を寄せる。
「ンなこと聞いて、どうする気だよ。――このご時勢、魔力剣を打つ為の素材は滅多に手に入らねえ。商店で出回ってるような代物じゃねえよ。諦めてウチに帰りな」
 ひらひらと手を振られる。ライヒアルトは唇を噛んだ。だめだ。それでは、駄目だ。先に、進めない。
「……精霊に、太刀打ちできるようにならなきゃ、俺」
 ぽつり呟く。傭兵が、片眉を跳ね上げた。ライヒアルトは
「お願いです、手掛かりだけでも良いんです。それを何処で手に入れたのか、だけでも。……先に、進めなくなる」
 思い詰めたように、呟くように、そうぽつり言うライヒアルト。傭兵は暫し腕を組んで黙り込んでいた。何度目だろうか、そのグレーの瞳が、物珍しげにライヒアルトの碧眼を見据える。
「……安全によそへ行きたいなら傭兵を雇えばいい。――一体何の目的があって、お前自身が剣を振るおうとしてるんだ?」
 低い声で訊ねる傭兵に、ライヒアルトは暫く答えなかった。素直に言ったところで、彼は素直に受け取ってくれるだろうか。そう考えた後に、思い直す。言葉を飾ってもっともらしい理由を付けたところで、そこに真実の響きが宿るとは思えなかった。なら、素直に真っ直ぐ訊いてみるしかない。それで答えが得られないなら、仕方がない。ライヒアルトはかぶりを振る。そして、顔を上げた。
「……知りたいんです、俺。どうして戦争なんて事が起きたのか、何から始まったのか。本当に悪いのは誰で、俺たちも竜族も、今、何と戦ってるのか。そのために、俺には前に進む力が必要なんだ」
「知ったって仕方のねえことだろうよ、そんなもんは、よ。……何でだ? 何でそんなことに首を突っ込もうと思ったんだ?」
 興味深げに、山吹色の男はグレーの瞳を見開いた。覗き込んでくる彼の瞳を、ライヒアルトはまっすぐに見つめ返す。
 先程の戦いで、思い知った。自分はあまりにも、無力すぎる。戦いたい訳では無かった。けれど、力が無くては前に進めない。武器が変わって何が出来るという話ではないということは自分でもよく分かっている。それでも、拓きたい道があるのだ。そしてそれは、この剣では無理なのだ。ライヒアルトは、にこりと笑う。 
「故郷が、今日みたいに襲撃されたんだ。それで、家族が危ない目に遭った。……それが、嫌だったんです。何も知らないでいるのが、嫌だった。それだけ」
「そりゃ、まあ……えっらいシンプルだな」
 男は気が抜けたように半眼になった。ライヒアルトは続ける。
「俺の育て親はいつも言ってたんです、自分の心の声から耳を背けるなって。ね」傍らを歩くリカルダに微笑みかける。頷き返す彼女から視線を離し、男の瞳に真っ直ぐに目を向ける。「いつまでも悩んでるのも、ずっと辛い思いをするのも、嫌だっただけなんだ、俺」
 男は一瞬目を瞬かせた。そして、ふっと笑う。その表情は、妙に愉快げで。
「剣を手に入れたらどうするつもりなんだ?」
 訊ねる傭兵の言葉に、うーん、と呻るライヒアルト。気遣わしげに見上げてくるリカルダの視線が痛い。明確な方向性があるかと問われたならば、無いと答えるしかないのだ。ライヒアルトは肩を竦めて笑う。
「――話に聞く黒蝶姫の姿絵にエヴァと書いてあったっていうこと、その姿絵の額に記された紋章を封蝋にして、五十年前に《エヴァの召集》っていうものがかかったらしいこと。それだけが、手掛かりなんです。それを辿って、俺は大戦の事を調べようと思っています」
 目を伏せる。真実に辿り着く為の、小さな道筋。
「その道を辿るために、俺は剣が欲しい。教えて、もらえませんか?」
「……あと一つ、訊きてえ。……その糸を辿って、大戦の真実とやらが見えたとして。――お前はその時、どうしてえっつうんだ?」
 愉快そうに細められたグレーの瞳が、ライヒアルトの瞳を試すように覗き込む。ああ、この目と同じ目を知っている。養父と同じだ。旅立ちを決めたライヒアルトの意志を試していた、あの瞳。
 ライヒアルトは、僅かに伏せた顔を上げた。男の瞳に、真っ直ぐに視線を返す。心は決まっている。旅立ちのあの時から変わらずに。
 戦いのはじまりを辿る糸。絡まり合い固くもつれたそれを解いた先にあるのは、全てが絡まり合ってしまうその前の、はじまりのかたち。そう、それは。
「もし、出来るなら、俺は」
 確かな意志が、身の内に響く。冴えわたるような感覚は、きっと心の震える響き。想いを確かに肯定する、俺の心の確かな声。
 ライヒアルトは、告げた。静かに、それでも、確かに。
「俺は、――戦いを終わらせたいんだ」
 ジークムントが、呆気にとられたように目を見開いた。