時には失敗する事もある。生きていく上でそれは仕方のない事なのだ。そう、それをいちいち気に病んでも仕方がない。
「アルトくん」
「ゴメンナサイ」
 口から先に飛び出たのはやはり謝罪だった。諸手を上げるライヒアルトを、眼前の少女が鬼気迫る表情で睨みつけてくる。その小柄で愛らしい容姿の彼女のどこからそのただならぬ迫力が滲み出るのだろう。怖い。
 周囲には先日買い揃えた簡易食器が元気に散らばっていた。盛り付けを任された野草のサラダはぎりぎりのところでボウルの中に収まっている。中身をぶちまけなかっただけマシだろう。
「アルトくん、どうしてこうなったの」
「ボウルと食器全部、一気に持っていこうとしたからかなぁ」
 少女の目は冷たく据わっている。ライヒアルトはその視線から逃れるように、そっと目を逸らした。
「どうして落としたの」
「ちょっと考え事してたからかもしれません……」
 静かに淡々と繰り出される追及。目を逸らしたまま答える。
「改善点」
「ぼんやりしません、落としそうなら全部一気に運びません」
 目は据わったそのままに、リカルダは、よろしい、と返す。そしてようやく、深いため息をついて腰に当てていた手をおろした。
「……もお、お手伝いするって言ったのアルトくんでしょ? やること増やしてどうするの」
「盛り付けくらい出来るかなーって思って……」
 気まり悪げにそうもごもごと言い訳をしながら、ライヒアルトは落としたボウルを拾い集めはじめた。
「お前ら、まるっきり母親と子供だな……」
 完全に呆れた様子でそう言いながら釣竿を引っさげて海辺の方から歩いて来るのは、食事の為に魚釣りに赴いていたジークムントだ。鋭いグレーの瞳も今は半眼状態で更に険しくなっている。リカルダは嘆息した。確かに、これでは母子だ。しっかりして欲しいと思う反面、世話してやらねばと思ってしまう。自分のこの態度が彼の頼り癖を増長しているのだということは薄々分かっているのだが。ため息をもうひとつ。
「俺が力を発揮する場所はきっとここじゃないんだよ。うん」
 食器をかき集め終わったライヒアルトが、ひとまとめに積み上げた食器の塔の前でしゃがみ込んだままそう呟き、力強く頷いた。その大真面目な表情を見、リカルダは肩を落とす。呆れたような表情はそのままに、ジークムントが釣り上げた魚の入ったボウルを小脇に抱え、大きく嘆息した。
「その分だと、お前は魚捌けなそうだな」
「んー。色々飛び散ってもよければやるよ?」
「誰がやらせるか、あほ」
 わたしもやりたくないなあ、と思いながら、リカルダはそそくさと他の調理へ逃げることにした。
 関所を発って、早三日が経つ。
 野宿や炊事を繰り返し、時折近付いてくる魔物を振り払いながら、一行は順調に道を進んでいた。
 順調とはいえ、地図上に目印になるものが見当たらない為、何処まで進んでいるのか分からないのが現状だった。行き詰ったりする事は無かった、程度の順調さである。三日歩くと、どれくらい移動出来るのかしら。かつての自分たちの旅の経過日数と移動距離を地図上で照らし合わせて心を慰めてみたりもしたが、途中でやめた。とにもかくにも、進んで進んで目的地にたどり着く他無いのである。
 飲料水は限られている。頭も体も洗いたいが、飲み水を確保しなければならない都合上、体を拭くなどの最低限の事しか出来ないことがリカルダの目下の悩みの種だった。海水に浸かると後々べとつくよ、と助言をくれたのは海都リヴェーラで散々海水と戯れたライヒアルトである。体を洗うくらい海水で出来ないかな、と考えていた少女にとっては悲しい助言だった。
「……しかし、小姑。お前、料理の腕はなかなかのもんだな」
 食事に手を付けたジークムントが感心したように言うのを聞き、リカルダはちいさく目を見開いて顔を上げた。さりとて目を輝かせている訳でも無かったが、サラミと野草の炒め物にせっせとフォークを運んでいるあたり、味を気に入ったのだろう。
「いえ、そんな……大したものじゃ……」
 照れくささから、視線を落とした。大したものは作っていないが、気に入ってもらえたならやはり嬉しい。
「言ったでしょー? リカは料理うまいんだよ」
「お前が誇る事じゃねーだろ、あほ」
 何故か胸を張るライヒアルトの頭を軽く叩き落とす傭兵は、随分と機嫌が良さそうだった。リカルダは思わずくすっと小さく笑う。
 食事の時間は和やかなものだった。出会った頃傭兵に向けられていた一方的な憎悪に近い感情はさほど感じない。三人でいる時の空気を楽しい≠ニ思えるようになってきたことに、ふと気づく。
「これでもうちっと体力があってノリが良けりゃなー」
 不意に傭兵が上機嫌のまま放ってきた一言に、う、と詰まる。
 戦う力を付けてなんとか役立とうと努力してきたというのに、ノリまで求められ始めるとは思わなかった。
「……そ、そういうの得意じゃないんです」
「ちっちっち、なってねえな。アルト、模範解答」
「へ? ……んー、欠点がある方が人間らしくていいじゃない? これ以上完璧になったら嫉妬されちゃうかもしれないし。ね?」
 急に傭兵に話題を振られたライヒアルトが、にこやかに答える。傭兵が「ふざけんなよ」と言いながら頭をはたき落とす。双方楽しそうだ。リカルダは唇を噛んで眉根を寄せる。このやりとりは何だろう。新しい遊びだろうか。
「……アルトくんのそれ、模範なの?」
「えー、わかんない。ねえジーク、模範なの?」
 答えたライヒアルトも小首を傾げてジークムントに訊ねる。
「面白けりゃ何でもいい。おら、小姑。お前、もっと心にゆとりを持たにゃあな。冗談言えるくれえ、余裕が無きゃならねえ」
 余裕を持ったところで、冗談が言えるものかしら。リカルダは野草炒めを挟んだパンに控えめにかぶりつく。わたしは面白いことが言える方ではないし、要求されたところで出来るようになるわけでもない。今は出来る事をするだけで精一杯なのに。
 憮然とした様子でパンを齧る彼女をフォローするように、ライヒアルトがにこやかに割って入る。
「ジーク、甘いなー。リカはねー、からかうと面白いんだよ?」
 無邪気な笑顔で失礼な事を述べる幼馴染をきつく睨み付ける。またこの子は勝手な事を言いだして。
「ほう? 例えば、どんな風にだ」
「うーん、不意打ちが一番効果的だからまた今度ね」
「……、アルトくんそんなくだらないことする暇あったらもっと怪我しないようにしてよ、もお」
 自分でも不機嫌そうだと思う調子でそう幼馴染を突っぱねると、彼は「怒られちゃったよ」と軽やかに笑った。呑気なものである。
「確かにお前は不注意で怪我する事が多いからな。周り見ろよ」
「うーん、慣れたらもっとうまくいくものかな」
 首を捻るライヒアルトに、傭兵は頷く。
「んだな。だから、お前はまず戦いに慣れる事が先だ。慣れてくりゃ、おのずと他の事にも目がいくようになる。まずは基本からっつうのは、そういう意味もあると思うぜ。例えば、そうだな、歩けるようになったばっかのがきんちょに全力ダッシュで一キロ走り抜けっつったって無理だろ。基本の歩く≠竍走る≠ェしっかり出来るようにならねえうちにでかい目標持ったって挫折するだけだ」
「まあ、そうだよねぇ」
「一個一個、着実にこなしていきゃあいい。が、ま、早急に慣れていかにゃな。……っつうことで、今晩は稽古つけてやる」
「うん、お願い。……リカに世話になってばっかじゃだめだしね」
 ライヒアルトは頷き、リカルダに笑いかける。
「そんなこと言って、アルトくん、ぜんぜん学習しないじゃない。いっつも口ばっかり。ほんとにやる気あるの?」
 ため息交じりにそう返してから、くちびるを噛む。なにかとても、もやもやした。能天気な彼が腹立たしいのだろうか。せっかくしっかりしようとしてるのに、どうしてわたしは彼を貶すようなことを言うのだろう。苛々していた。自分の感情が乱れた理由は分からないが、それをこうしてぶつけるのは間違っている。そんな風に思うのに、つい口に出してしまう。
 ジークムントが眉を跳ね上げ、ライヒアルトが困ったように眉を顰めた。「……ごめんなさい」と小さく付け加える。自分から出てくる言葉が刺々しい。わたしは一体何に苛々しているのだろう。さっきまで穏やかな気分でいたはずだったのに。どうして?
「……もー、リカ、俺がさっき食器ぶちまけたの怒ってる?」
「ちち、ちが、違うわ。そんなことで怒るわけないじゃない」
「さっきキレてたの誰だよ……」
 半眼で傭兵にそう突っ込まれ、う、と詰まる。確かに怒った。
「そ、そうじゃなくて……その」そのまま、リカルダは僅かに視線を落とす。「……、アルトくん、やる、やるって言うけど、やらないこと多いじゃない。ちゃんとやらないと、ジークさんに迷惑かかっちゃうんだから、しっかりしなきゃだめだよ」
「えー? するよ」
「だって、お家にいる時だってわたしの言うこと聞かなかったわ」
 そうだっけ、と首を捻るライヒアルトに、ちいさくため息をつく。
「アルトくんがしっかりしてくれないと、わたし、安心して戦えないんだから。治療に専念しなきゃいけないし、……」
 ライヒアルトがまた、困ったように眉根を寄せた。その顔をちらり覗き見て、リカルダはまた視線を落とす。こんな事が言いたかった訳じゃない筈なのに。これじゃまるで、アルトくんのせいで自分が使えないんだって言い訳してるみたいだ。狡い、言い訳。
 にわかに食事の場におりた不穏な空気を自分が引き起こしたことに気付き、くちびるを噛む。面白い事も言えなくて、人の気分を害するようなことばかり言うなんて、なんて性格が悪いんだろう。
「……ったく、うちの母親みたいなこと言いやがってよ」
 しらけたようにそう低い声で言い放つジークムントの声。彼にとって嫌悪の対象でしかない母親を引き合いに出されたことに気付き、リカルダは自己嫌悪に肩を落とす。困ったようにジークムントとリカルダに交互に視線を向けるライヒアルト。
 険悪な雰囲気は、暫く晴れることはなかった。




 ぱちり、と焚火のはぜる音がする。
 ライヒアルトはぼんやりと顔を上げた。辺りは暗く、露営の焚火だけが拠り所だった。
 結局、夕食の後あまり心地いいとは言えない雰囲気のまま夜を迎えた。気分が浮かないから体を動かしたい、と言う傭兵と剣術稽古をしたものの、それを終えてもリカルダはまだ落ち込んだままのようだった。その場に座り込んだままぼんやりと焚火に視線を落としている彼女の様子はどこか痛々しくさえあった。そんな彼女も、夜更けとあっては流石に眠っているようだ。
 そろそろ見張り交代の時間だ。ライヒアルトは焚火の向こうで眠る傭兵に近寄り、軽く背を叩いた。反応が無い。もう一度少し強めに叩く。傭兵の背が縮まった。起きない。
「……ジーク、見張り、交代。起きてよ」
「うるせぇ……」
 低い声は妙にドスがきいていて、リカルダならばこの時点で怯えて声を掛けるのをやめるだろうなと思う。この傭兵は寝起きがすこぶる悪い。この数日、毎回見張り交代の度に起こしているが、数時間見張る事よりも一番手のかかる任務だった。とはいえ寝起きは人の事は言えない。幼馴染の少女が寝起きの悪い自分に対して毎朝これをやっているのかと思うと、頭が下がる思いだった。
「ねー。時間だってば。ジークったら。おーい」
 めげずに揺さぶり続けると、暫くして、背を向けたままの傭兵が油を差し忘れた玩具の人形のようにぎこちなくこちらに顔だけ向けた。眉間に深い皺を寄せ、目元をぴくぴくさせながら苛立たしげに睨み付けてくる。ライヒアルトはその気迫に思わず怯みのけ反った。
「……、寝てるとこごめんって、見張りの時間だからさ」
「……おう……」
 不快そうなまま、ジークムントは渋々といった様子で起き上がった。どっかとあぐらをかき、苛立たしげに頭を掻く。ライヒアルトが気を取り直して「おはよ」と笑ってみせると、低い声で「おう」と返してきた。すこぶる機嫌が悪そうだ。
 暫くそのような様子だったが、夕飯の残りをつついているうちに目が覚めたらしい。傭兵はつまらなそうな顔で周囲に視線を遣ると、そのうちにライヒアルトに目を留めた。
「……なんだ、アルト。お前、寝ねえのか?」
「ジークが完全に起きるまで起きてようかなって」
「いらん世話焼くな、俺ぁ起きてる」
 傭兵は時折、寝ぼけたまま不機嫌そうに起きてると言い張る癖がある。とはいえ、寝起きと比べてだいぶ目付きがしっかりしてきた様子だ。起きている、という言葉に間違いはないだろう。
「さっさと寝ろよ。……小姑はいいよな、朝までぐっすりだしよ」
 傭兵がぼやくようにそう言い、眠る少女に視線を落とす。
「そんな風に言わないであげてよ。俺に気を遣いっぱなしで、寝るまでにかなり時間かかったんだよ、リカも」
 見張り番を立てて交代で眠ることを決めたのは、最初の露営の晩だった。リカルダは当然見張り番に加わろうとしたのだが、ジークムントに「役に立たないから」と言われて当番からは外されていた。ひとに見張りを任せて自分だけ寝る事を後ろめたく思っているのか、彼女はこの数日なかなか寝付けないでいる様子だった。今日も、そうだった。ライヒアルトはふっと笑う。
「まったくもう、リカは気にしいなんだから。さっき俺に怒ったことだって、俺は別に気にしてないのにリカが落ち込んでさ」
「病的だよな、あの落ち込みやすさ。女っつうのは皆ああなのか?」
「さあ、どうなんだろう。……ジークのお母さんもそうだった?」
「ああ、感情の起伏が激しくてな。笑ったかと思えばすぐに怒るしよ、何かって言うと誰が悪いとかあんたのせいで私は、みたいな事ばっか言っててよ。ったく、うんざりするぜ」
 彼は苛立たしげに眉間に皺を寄せる。ライヒアルトは思わず笑う。
「んだよ、笑うところかよ」
「いや、苦労したんだなーって。……でも、リカがあんな風に言うのは珍しいんだよ。なーんか、いつもと違ったな」
 先程の彼女の様子を思い起こす。近頃の彼女は、怒りやすくなったなと思う。いつものようにお説教してすぐもとに戻る、というのではなく、どこか思い詰めたような、余裕のない様子なのが気に掛かる。慣れないことばかりで余裕が無いのは分かるものの、ふさぎ込むことはあってもあんな風にライヒアルトを責めたりすることは珍しい。そして、そのことを彼女自身が一番気に病んでいるのだ。
「……リカ、やっぱり慣れない旅で無理してるのかな」
「かーっ、八つ当たりされたのはお前だろうが。よく相手の心配出来るよな」ジークムントが呆れたように半眼になる。「お人好し」
「俺はお兄さんだからねー。気遣ってあげないと」
 お兄さんねぇ、と鸚鵡返しに呟きながらジークムントは頭を掻く。
「それにね、俺、昔っから心が広いので有名なんだよ」
「へいへい」
 にっこり笑ってみせると、呆れたようそう返された。あはは、と笑って返したのも束の間、ライヒアルトは小さく嘆息する。
 旅に出てから、彼女が落ち込む頻度が明らかに増えた。怯えたようにか細い声で話すのも、取り繕うように笑うのも、見ていて痛々しくさえある。少し持ち直しても、些細なことですぐにまた落ち込んでしまう。どうしたらいつもの彼女に戻るのだろう?
「……俺がもっと、しっかりしないと駄目かなぁ」
「まあ、その方が心配かけねえだろうけどよ……さっきのあいつは、お前がしっかりするっつってんのにキレてただろ?」
「口ばっかで行動が伴わないからかなーって」
「さっきの様子だと、そういう理由でキレたんじゃなくねえか? なんつうか……、……ほんっとに、お袋に似てたんだよな、なんか」
 ジークムントはそう言い、ちらりとまた少女に視線を落とす。
「お母さんに似てるって、……どういう時の?」
「俺が反抗期に入ったばっかの時の反応に似てんだよ。ああしろこうしろって言われてよ、腹が立ったから俺の人生は俺が決めるから干渉すんな≠チつってよ。その時、お袋はあんたなんて一人で何も出来ない癖に∞母さんが折角あんたの為を想ってるのに≠チて、こうよ。……結局、思い通りになんねえから苛立ってるんだろうがよ、……さっきの小姑は、それになんっか似てたんだよ」忌々しげに嘆息する。「……あいつも子離れ出来てねえっつうことか?」
 その言葉に、ライヒアルトは困ったように眉根を寄せて頬を掻く。
「……ええー? それって、俺が子どもってこと?」
「少なくとも俺にはそう見える」
「俺お兄さんだよ?」
「見えねえよ」
 納得いかない。不満げに唇を尖らせると、ジークムントはくつくつと可笑しげに笑った。
「……お前が自分のもとから離れてしっかりしようとしてんのが、どうにも落ち着かねえのかもしんねえな。ま、もしそうなら、子どもが親の手元を離れるのは自然の道理だから仕方ねえ。いつか迎えるべき時が来たっつうことだな。うむ」
「うう、ちょっと納得いかない」
「くっくっ、諦めろ」ジークムントは笑い、そしてふっと真顔になる。「……あいつが落ち着くのを見守るしかねえってことだ。あいつは負けず嫌いだ。うちの母親と同じようにな。……そっから、あいつがどう変わるかはわかんねえが」
「リカはきっと、大丈夫だよ」
 そう返すと、ジークムントは曖昧な笑顔を浮かべる。
「随分自信満々に言い切るんだな」
「だって、リカはいい子だからさ。きっと大丈夫」ライヒアルトはにこりと笑って応える。そして、視線を落とす。「……それよりも、まだまだ旅は続くじゃない。俺はその方が心配だよ。精神的にも体力的にも疲れていったら、どうなるか分からないよ。……下手に心配すると、また気に病んじゃうし」
「めんどくせえなあ……」
 傭兵は心底面倒臭そうな様子で乱暴に頭を掻く。この様子では女性が苦手なのも頷ける、とふと思う。というよりも、男同士の竹を割るような付き合いの方が性に合っているのだろう。彼はきっと、ごちゃごちゃと面倒なのが嫌いなのだ。
「んー、ちょっと大変だけどさ、分かってあげてよ。悪い子じゃないのはジークだって分かってるでしょ?」
「……そりゃ、分かってるけどよ」
 傭兵は渋々頷く。彼もリカルダを認め始めているからこそ割り切れないのだろう。切り捨ててしまえばよかった今までとは違うのだ。
「ったく、女はめんどくせえ」
 そう言い、ジークムントはごろりと寝転がる。
「あ、ジーク、また寝る気?」
「うるせえ、考えるのめんどくさくなってきたんだよ。俺は寝るぞ」
「えー、ずるいよ、させないよ、俺だって寝るもん」
「寝るもん、じゃねえよ」
 傭兵は呆れたように言い、そしてふっと笑って起き上がる。
 代わりに、ライヒアルトは自らの寝床用の敷布の上に転がる。両手を投げ出して寝転がったまま、天を仰いだ。こぼれるような星空と、穏やかな波の音。涼やかな虫の声に、焚火のはぜる音。
 ふっと目を閉じる。耳を澄ませれば聞こえる無数の音に、耳を傾けた。不意に聞こえる、幼馴染の少女のちいさな声。
「……ごめん、ね……」
 驚いて、少女の方に目をやる。しかしちいさな寝息を立てる彼女が起きているとは考えられずに。ライヒアルトは再び天を仰ぐ。
 夢の中まで罪悪感に苛まれているのだろうか。謝る必要なんて、ないのに。彼女に心配をかけて挙句こんな旅にまで付き合わせてしまって、謝らなければならないのは俺の方なのに。
 彼女を、連れてくるべきではなかったのかもしれない。彼女が危険な目に遭わないように、今からでも彼女を家に送り届けた方が良いのかもしれない。きっと、彼女はそう提案しても怒るだけだろうけど。そう考えて、目を伏せる。
 彼女があるべき場所。それは、ここではない。
 そんな思いがこびりついたまま、時だけが経っていった。